2020-08-26 第201回国会 参議院 災害対策特別委員会 閉会後第2号
これもある民間団体の試算によりますと、例えば東京都の港区、この本庁舎及び防災拠点のみなとパーク芝浦では、合計約十八万リットルのA重油を備蓄しております。この燃料費を一リットル当たり仮に百八円としますと、約二千万円となります。これを規定に基づいて、このガイドラインに沿って約三か月ごとに入れ替えますと、年間八千万円ということになります。
これもある民間団体の試算によりますと、例えば東京都の港区、この本庁舎及び防災拠点のみなとパーク芝浦では、合計約十八万リットルのA重油を備蓄しております。この燃料費を一リットル当たり仮に百八円としますと、約二千万円となります。これを規定に基づいて、このガイドラインに沿って約三か月ごとに入れ替えますと、年間八千万円ということになります。
岐阜県でも、飛騨牛が高山市場でキロ二千円を切り、芝浦の市場ではキロ千七百円を割った瞬間もありました。宮崎県でも、八十万円で導入した子牛を育てたのに、三月に出荷したら八十八万円の値しかつかず、これまで三十万円以上かかった経費が丸々赤字となった、こういう状況であります。 そこで、農水省に、牛マルキン、肉用牛肥育経営安定交付金制度について伺います。
私は、昭和五十七年に大学を卒業後、民間企業、財団法人研究員、国際協力銀行参事役、東京大学大学院工学系研究科客員助教授を経て、独立行政法人大学評価・学位授与機構、現独立行政法人大学改革支援・学位授与機構の特任教授等として研究を行い、東京大学公共政策大学院では十年以上にわたって非営利組織論を教え、また、芝浦工業大学の特任教授等として研究を行ってきました。
私は、昭和五十七年に大学を卒業後、民間企業、財団法人研究員、国際協力銀行参事役、東京大学大学院工学系研究科客員助教授を経て、独立行政法人大学評価・学位授与機構、現独立行政法人大学改革支援・学位授与機構の特任教授等として研究を行い、東京大学公共政策大学院では十年以上にわたって非営利組織論を教え、また、芝浦工業大学の特任教授等として研究を行ってきました。
各自治体の待機児童を減らすことの施策についても様々私も研究をしておりますけれども、それぞれの地域性というのもあるというふうに思いますし、今日、港区に行ってびっくりしたんですけれども、例えば、今日、芝浦で応援演説やってきましたけれども、あの地域というのは、人口がどんどん増えているというようなことで、今までは小中学校の統廃合をやっていたのに、そうではなく、もしかしたら新たにつくらなくてはならないかもしれないというような
一九六二年、首都高速道路が整備が始まりまして、京橋—芝浦間が開通をいたしました。一九六四年の東京五輪を通じてこの首都高速道路は急速に整備をされ、現在では総延長三百二十キロ、言うまでもなく東京の大動脈として整備をされております。しかし、経年による劣化は深刻であり、首都高速道路の形状上、高架やトンネルなど、ただ道路補修するだけでなく、建て替え時期を迎える構造物もあります。
白金や芝浦、相次いで建設が進みまして、この十四、五年で、十五万人を切っていた人口が二十五万人に達して、九年後には三十万人と予測をされているそうです。待機児童は一千人を超えて、小学校も足りない、駅も大混雑、周辺住民にとってはビル風やあるいは日陰、日影の影響も出ると。ところが、これらの再開発を都市計画で進める際に、最も影響を受ける住民の声を行政が全然聴こうとしないと。
その一つである芝浦三・四丁目町会は、港区の芝浦地区、JRの山手線、京浜東北線の田町駅の海側で、古くからの町にタワーマンション群が立ち並ぶようになり、過去十五年で人口が三倍にふえた地域です。今後も人口増加が見込まれるため、新たに小学校が新設される予定とも伺っております。また、この地区の隣では、二〇二〇年の開業に向けてJR品川新駅が着工したところであり、今も再開発が続く地域です。
しかし、一九八〇年以降でどんなぐあいだったかなと思って見ると、ここに書きましたように、かつてはコマツ、トヨタ、ホンダ、石川島芝浦とかやっていたんですよ。佐藤造機というのが三菱になったりしている。ところが、一九九一年、九四年で、このころに今の四社体制ができ上がっているんですね。
独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構、独立行政法人科学技術振興機構、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、学校法人芝浦工業大学、学校法人日本医科大学、学校法人日本大学、財団法人中央果実生産者出荷安定基金、以上でございます。(発言する者あり)
財団法人電気絶縁物処理協会には、役員及び評議員といたしまして、鐘淵化学工業、東京芝浦電気、日立製作所及び三菱電機等の製造事業者、日本国有鉄道、電気事業連合会及び日本鉄鋼連盟等の機器の使用者が運営に参画をしてございました。 同協会の解散に伴って、先ほど申し上げましたように、その資金についてはこちらのPCB廃棄物処理基金に拠出をいたしたということでございます。
例えば、五月十九日の日本経済新聞、芝浦工業大学理事長の五十嵐さんという方がインタビューに答えられているんですが、「選挙の本質は人気取りだ。誰もが嫌われたくないと考える。嫌われたら、学長にも、学部長にも、理事にも、評議員にもなれない。 これで本当に大学改革ができるのだろうか。」と。
例えば東京の芝浦の食肉センター、食肉処理センターでは北海道、遠くは北海道から生きたまま船で運ばれてきて、お肉に変わって都民のおなかに入っていくということをしております。生体で搬送できるので非常に効率的です。一日に約五千頭の牛、豚が処理されるというような処理場が日本にもございます。 また、屠場、いわゆる屠殺場というのは市場の機能を果たしているというのも特徴になります。
歴史の針を現代に戻すと、我が国でも、一九六二年、昭和三十七年十二月に首都高速道路一号線京橋—芝浦間が開通し、その後、全国的なネットワーク整備により、総延長は、もうすぐ一万キロメートルに達しようとしています。物流の主軸として日本経済を支えるだけでなく、国民生活になくてはならない社会資本として、完全に定着をしております。 しかし、今、日本の高速道路のあり方は、大きな曲がり角を迎えています。
こういう状況の中で、さらに加えて、昭和三十四年には、三十九年の東京オリンピック開催が決定されたということもございまして、以降急ピッチで首都高が建設開始されまして、三十七年の十二月の二十日、京橋から芝浦まで約四・五キロでございますけれども、開通したわけでございまして、昨年めでたく開通五十周年を迎えたということでございます。
私は東京の人間で、太田大臣もそうでありますけれども、一号線の芝浦—京橋の開通から、もう首都高は半世紀がたっています。国交省も有識者会議をつくって、老朽化対策、議論を進めてこられました。そこで議論をされたのが、都心環状線の地下化の問題であります。 オリンピックで、日本橋の上に高速道路を走らせた。失われた東京の空を取り戻すんだ。こういう議論は小泉政権時にも随分行われました。
もう一つお伺いをしたいんですけれども、例えば、四十八階、四十九階建ての超高層マンション四棟から成る芝浦アイランドというのが港区にありますけれども、非常用発電機の燃料消費率を百三十リットル・パー・アワーとして計算すると、停電させずに七日間しのぐには、七、八十トンの燃料が必要になります。この規模の備蓄タンクを設置するのは、やはり敷地の問題や建設費を考えるとなかなか現実的でない。
そして、他の、例えば芝浦等に出たものは、福島県が依頼して、そのデータをもらう。だけれども、それは国民には開示されていないし、国がリーダーシップをとった検査体制じゃないから共有されないんですね。そうしたら、ああ、これは福島県か、いや、こっちの松阪の方がいいかと。見えないし、わからないし、国の覚悟のほどが伝わらないから、不要な価格差が生じています。
その脇には、芝浦工大の学生さんたち六人が子供たちを集めて、竹とんぼならぬ紙とんぼを作って子供たちを楽しませていた。そしてもう一角では、乳飲み子を抱えたお母さんがあやしている姿があった。
御出席をいただいております参考人は、京都大学原子炉実験所助教小出裕章さん、芝浦工業大学非常勤講師後藤政志さん、神戸大学名誉教授石橋克彦さん及びソフトバンク株式会社代表取締役社長孫正義さんの四名でございます。 この際、参考人の皆様方に一言御挨拶を申し上げます。 本日は、大変御多忙のところ当委員会に御出席をいただきまして、本当にありがとうございます。
郁郎君 資源エネルギー 庁長官 細野 哲弘君 資源エネルギー 庁原子力安全・ 保安院長 寺坂 信昭君 資源エネルギー 庁原子力安全・ 保安院審議官 黒木 慎一君 参考人 京都大学原子炉 実験所助教 小出 裕章君 芝浦工業大学非